黒ラベル日記

2003年10月27日
「何から伝えればいいのか,」
なんて歌もありましたね,
秋も終わりが近づきました.

決してぼくの頭が混乱しているわけでは無いのに,
何から書いてよいかわからない.
こうなったらインパクト順か.

***

ある日の夢:

ぼくはどこかの荒びきった建物に入る.
重い鉄の扉を開けて.
その頃戸外ではなにやら陽気な騒ぎか
あるいは,白昼の乱射騒ぎかが起こるも
ぼくには良くわからない.
暗い建物の中の迷宮.
(これはどうやらぼくの夢を貫く普遍的な
テーマらしい)
廊下はやはりリノリウム,かPタイル.
(いつも舞台となるこの建物はどこなんだろう,
霊安室前のような,大学の研究室の廊下のような)
別の出口から建物を出ると,
良く知っている先輩(「良く知っている」こと
だけはわかったが名前を思い出せない)2名が
明らかに浮浪者の格好で愚痴を言っている.
ぼくもむこうも知らん振り.
幾日かが過ぎ,また同じようにこの建物から
でたところ,なんと地面に生首が二つ!
先の2人の先輩のものである.しかも,
2人は相変わらず愚痴の言い合いに耽っている
のだ!
そのときぼくは思った.
「ああ,こいつらとうとう体をすべて売らなきゃいけないほど落ちぶれたか,
結構プログラミングが得意だったのにな.」
と思った.

(前日,「会津藩浪人は斬った相手の生首を腰にぶら下げる」
というクダリ読んだからかもしれない)

***

安部公房展

世田谷文学館なるものを知ったのは最近のこと.
芦花公園という駅名以外には変哲の無い小さな
駅を南に5分歩くと文学館にたどり着く.
いつの間にか辺りは旧武家屋敷風建物と
今風2色刷りマンションのミルフィーユ.
/*話はそれるが,ぼくは和風の茶屋でコーヒーを
飲むのが以外に好きである.*/

公房展の思った以上の人出に驚く.
やはり,ぱっと見少しイかれた見物者も多かった.
ガラスにべったり張り付いて涎をたらさん
ばかりのおにーさん,安部氏が芥川賞でもらった
時計についてしきりにメモをしている眼鏡少女等.
ぼくのぱっと見はきっといかれてはいないと思うが,
ところがどっこい中身は逝かれている方だと再認した,
証拠に,安部公房自身が撮影した1000枚の写真
に激しく共感.そのほとんどがゴミ,ガラクタ,
看板,廃棄場,裏路地,酔っ払いなど.
なかでも一番共感がもてたのは,
全共闘風のビラが貼られた壁の写真.
これはぼくが大学の時に校舎の入り組んだ階段
の裏側に見つけたものとほぼ同じものだろう.
ちなみにぼくが見つけたのは1996年ごろ.
「赤と白の文字で,国電○○駅に集まりたまえ!」
との文字にときめいた.具体的には「国電」なる
タームに萌えた.
繰り返すまでも無いが,その思想内容はぼくに
は解せない.そもそもかれらにたいした思想
など無かったと思っているし.
なるほど文学展とはやはり地味なもので,
展示のメインとなるオブジェはもっぱら
手紙,原稿,新聞記事,写真などの紙媒体である.
しかし,贔屓の作家が酷評を受けて意気消沈
している姿を生の書簡に見いだす感覚は,
もはや時と空間を絶しているとすら思えた.

***

福田和也について

いろいろ書こうと思ったのだが,まとまらない
ので2,3.
・良書啓蒙は良いが,この時代にブルジョアジー的階層の分離を
促進するような考えには同意できない.
・氏の本を電車で読んでいたら,となりの
おじさんの読んでいた雑誌にも「福田和也」とあった.
 → 安売りはよせ.
・中途半端な庶民受け文体はよせ.
 例)平易な文体の中に突然「ルサンチマン」だとかいう単語をなんの断りも無く
用いるのは嫌いだ.
・それからこれは主に"en-Taxi"という
少し前に創刊された隔月雑誌における福田和也
への注文だが,
(責任編集福田和也et.al.)
"福田和也の写真入り"はやめてくれ.
せめて柳美里とリリーフランキーぐらいで
止めてくれよ.

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