麹町で有楽町線に乗ろうとする.
しかし,いつのまにか?,地下から半蔵門線に
抜ける通路があるらしいのだ.これで永田町の
長いエスカレータを回避できる.

まてよ,この通路は最近できたにしては
「糞のように古い」し,かといって,
前からあったならば,そう複雑な駅でもない
麹町だから,知っていなかったわけがない
ような,雌狐による幻影の抜道なのか.

方向指示に慎重に従っていたにもかかわらず,
はじめは迷ってしまい,半円状の階段を半フロア
ほど下ったところで構えていた
「怒れる婆」の部屋に入ってしまった.
客はぼくだけ.あるいはココに「客」は
いるのか?
婆は全くぼくには無関心な様子で,
ぶつぶつ怒っている.呪文のようにも聞こえる.
部屋の中には,怒りの根拠となる資料が陳列され,
白地に赤文字のなにやら古めかしい抗議文句が
天井から幾つもつるされていた.大学の左翼系
サークルを思い出し,唾をかけたくなる.

こんなところどうでもいいや,と思って直ぐに
立ち去り再び半蔵門線ルートを探す.
すると今度は萎びた古本屋に入っていた.
特有の古書の匂いは,
喫煙者の肺にとっては致命的な量の埃と
一緒に侵入してきた.
真っ暗で,棚は一応あるにはあったが,
売り物は棚にあったり,未分類の積読の
ようになっていたり,酷いものに至ると
埃だらけのリノリウムの床にいたづらに
ころがっていた.

この店大丈夫かよと
店の主のことを探す.既にそんな事を想像
しても無駄だと言う事がわかる寸前の
ほんの一瞬の間,
Never Ending Storyに登場する爺のような
のを想像したので,主人の,神田神保町に
最もいそうな扮装をみて少しガッカリ.

その時,以前ぼくはこの店にきたことが
あることが急行電車の如く判明した.

以前来た時に,店内どこをみても相当に古い本
しかなく,最近の古本が無かったので古本マニア
ではないぼくには用ナシだと思ったことを
思い出した.

床に転がっている本の中で,
「夏目漱石−こころ」だけが目に入った.
横書きの字が右から書かれていたことを考えると
相当古い書物で価値も高かろうに,こんな扱いで
いいのかよと思った.

店の奥の方からは,大勢の人間の声がしてきたので
行ってみると,テーブルと椅子が迷路のように
配置された構造の場所になっていた.若いのから
爺まであらゆる男が屯していた.何事かと思い
きや,どうやら匂いから察するに食堂か居酒屋か
といったところ.とりあえず腹が減っていたので
何か食ってみようと,席を探すもなかなかみつ
からない.迷路のようなカウンターの中で
おばちゃんの声が一際響く.この空間の中で
唯一人の女性だったように思える.
席は満席で,新しい客はどんどん入ってくる.
(ぼくが入ってきた古本屋とは別に地上の入り口
があることに後で気がついた.そちらがメインの
入り口のようなきがした).誰も並ぶことをして
いないので,動物的狩猟本能でなんとかぼくも
空いた席を確保した.飯を食い終わった青年の
席へ滑りこむ.

驚くべき事にメニューはカウンターの中に
書かれていた.これじゃ客はわからないよ.
よこの青年が食べていたチキン足丼スープが
妙にうまそうだったので,店員(今度はおっちゃん)
に,
「この横の人と同じやつ,いくら?」
「680円(注:記憶が微妙だがたしかこれぐらい),
辛いのと普通のがありますが」
「じゃあ辛いので」
「ものすごい辛いですよ,いいですか?」
「いいですいいです,辛いの好きなんで」
「いやーお客さんはやめといた方がいいと思いますけどねぇ」
(なんだよ,人の顔で辛いのが良いか否かがわかるのかよ)
「…じゃあ普通のでいいです」

まったく,それなら最初から選択させるな,
と思うも,あまりにもうまそうなチキンに,
おっさんの不可解なことばにまったく
むかつくことはなかった.

−−−

惜しいところで,電話で起こされた.
まったく恨むぜー,まーじ,ちょーーー
うまそうなチキン丼スープ.
たとえ実際のメニューにあったとしても
意識化では決して注文しないような
丼とスープとチキンのトリロジイ.

次もし行くことがあれば立ち読みぐらい
してみよう.もしかして,どこかのドラゴンの
背に乗れるかもしれない.

コメント