コンビニに行って酔いを覚まそうと思った
がなぜか派手に酔っ払っていて効き目はナ
ッシング.空きっ腹にグイグイといったの
がそうさせたのか.家に帰ってきて寒かっ
たのでロフトに直行したら,ヤハリ寝た.
とても残念でならない.なぜなら,開幕す
るはずのF1の予選も,うまなり君も,トト
カルチョに関することもすべて終わってし
まっていたからだ.ICQの人口も激減して
いたし,土曜の楽しみが一気に奪われたっ
てもんだ.独りで過ごす土曜の楽しみが!!

ピアノ・ソナタ『月光』が,環境音楽の如
くTVから流れてくる.映像は,霧にかすむ
見知らぬ土地の景色.犬のような羊達や,
蜘蛛の巣や.すばらしいじゃないか,土曜
のある寒い夜に『月光』とは国営放送もな
かなか洒落ている.

ベートーベンのソナタといえば,『月光』
の緩急もいいが,ぼくはなんと言っても
『悲愴』が好きだ.絶望的な不協和音が
骨身にしみるイントロから滑り出す第一
楽章,「悲愴」感の中の追憶とも受け取れ
る第二楽章『アダージョ・カンタービレ』,
最高にかっこよい.第三楽章のアレグロ・
ロンドは昔たくさん効きすぎて,今聴いて
もおなか一杯.東欧の雄ホロヴィッツの
晩年とともに.

そうこうしているうちに,国営放送では
『悲愴』が鳴り出した.

10代の頃から20代の全はくらいまでは,西
欧文化にかぶれていた.今でも一部はそうだ
が当時は,徹底的に和の香りを排除していた
気がする.排除し得ない部分や言語の問題を
さておきながら.西欧の建物や,西欧の歴史,
西欧の車や音楽,これらと深く接しているう
ちに,自分が日本に生まれたことすら悲観的
に思えたりもした.わかかった.日本人に
生まれなければ思いもしなかったようなこと
を思っていたのだと思う.隣の芝生,って
やつだ.今でも,思想や文学,ロックや酒や
飯(これはいつになっても,だが)は西欧か
ぶれだ.日本では未開の領域であったり,そ
もそもの嗜好の問題であったり,とかぶれる
理由もさまざまであろうと考えられるが,西
洋文化にも東洋文化にも自然に触れられるこ
の国のある意味「無節操」な環境の恩寵のこ
とを考えるのが好きだ.

独り暮らしは最高だ.石狩川のメアンダーの
ように湾曲する思考に対する堰がないからだ.
Nothing gonna change my world と歌った
のはビートルズ.思考とメアンダの比喩も彼
ら.20世紀を代表する西欧文化.

取り逃がしたTV番組も,ソナタで洗われた.
しかし,ものすごく胃が痛むのは,一つ残念
なことではある.

23℃酸と23℃の塩基を混ぜて中和させると,
その温度は60℃まで上がる.

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